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広島地方裁判所 昭和52年(ワ)432号 判決 1980年10月20日

原告

橋田将高

右法定代理人親権者父

橋田弘文

原告

橋田弘文

右両名訴訟代理人

高面治美

外二名

被告

藤東俊雄

右訴訟代理人

秋山光明

新谷昭治

主文

一  被告は、原告橋田将高に対し一四六八万六二〇八円原告橋田弘文に対し七三四万三一〇四円、ならびに右各金員に対する昭和五二年五月一九目からいずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項にかぎり、仮に執行することができる。但し被告において原告橋田将高に対し三〇〇万円、原告橋田弘文に対し一五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張

一〜二 <省略>

三 被告の主張

1  訴外久江に対してなした被告の診療経過は次のとおりである。

(一)  訴外久江は広島市の中川病院に通院診察を受けていた様子であつたが、昭和五一年九月二〇日被告医院において外来初診を受けた。

初診時、血圧一三二―七〇、その他とくに異常な状態はなかつた。分娩予定日一〇月五日。

(二)  九月二五日下痢があり、同日以降四日間点滴施行。

(三)  一〇月一八日午後一〇時ごろ妊娠一〇か月、早期破水(初産)にて被告医院に入院。

診察の結果、血圧一二〇―七〇、児心音一二、一二、一三。子宮口一指開大、児頭可動あり、羊水は水様性であつた。処置は、高圧浣腸、エストリール一〇ミリグラム筋注。(筋肉注射の意、以下同じ)

(四)  一〇月一九日午前六時、微弱陣痛。

処置は、プロスタルモンE(陣痛促進剤)を一錠づつ一時間毎計六錠投与、エストリール一〇ミリグラム筋注。

(五)  同日午前九時 子宮口三指開大、羊水少量となる。児心音一三、一二、一三。

(六)  同日午前一一時 殆んど変化なし。

(七)  同日午後三時三〇分 分娩室に入室、陣痛微弱、血圧一二〇―七〇、児心音一三、一三、一三、

処置は、五パーセントキシリット五〇〇CC、アトニンO10単位点滴(一分間四〇滴)。

(八)  同日午後五時三〇分 子宮口四指開大、酸素吸入をはじめ、吸入分娩を試みる。

(九)  同日午後六時三〇分 陣痛微弱、児心音一三、一二、一三、血圧一一〇―七〇、

処置は二〇パーセントブドー糖二〇CC、アトニンO5単位、約二〇分間かけてゆつくり静注。

酸素毎分二リットル吸入で、鉗子分娩を試みる。

(一〇)  同日午後八時 経腟分娩不可能と考え、その緊急性にかんがみ承諾を得て帝王切開分娩にふみきる。血圧一四〇―八〇、児心音一〇、一〇、一〇。

(一一)  同日午後八時三〇分 手術準備、五パーセントキシリット五〇〇CC点滴、硫アト(副交換神経遮断剤)0.25皮下注射、セフアメジン(抗生物質)テスト(一)、留置カテーテル。

(一二)  同日午後九時三〇分 帝王切開分娩手術施行。

施術者被告、介助者藤東琢郎(医師)、麻酔剤二パーセントプロカイン八〇CC、酸素吸入毎分二リットル、正中切開、恥骨下約一五センチメートル、皮下脂肪約三センチメートル、腹膜を切開、癒着なし、子宮周囲(前面)は異常なし、両側附属器異常なし、膀胱子宮窩腹膜を横に切り、両手にて開大、胎児を児頭より娩出、続いて胎盤娩出、アブガー七ないし八。

アトニン010単位局注(子宮体)、点滴側管よりメテルギン(子宮収縮止血剤)一CC静注。子宮の収縮良好を見る。

子宮頸部切開両端を止血鉗子を使用、二号カツドウドにて右側々端より一針縫合して十針縫合。その上を乙縫合六針、出血なきことを確認し、膀胱子宮、窩腹膜を連続縫合、腹腔に出血なきことを確かめ腹膜、筋膜、皮膚を縫合して午後一一時二〇分手術を終了した。

手術終了時の血圧一四〇―一〇〇(なお、術中血圧は一時一七〇―一三〇となつた。)。

(一三)  新生児は男子、生下時体重三五〇〇グラム。

(一四)  術後の処置は、五パーセントキシリット五〇〇CC、トランサミンS(止血剤)一〇〇CC、アドナAC17(止血剤)二〇CC、ヌトラーゼ(ビタミン剤)二〇ミリグラム、セフアメジン(抗生物質)二グラムの点滴、メテルギン(子宮収縮止血剤)一CCを側管より静注、ビスタマイシン(抗生物質)一グラム筋注、バニマイシン(抗生物質)一A筋注。<以下、事実省略>

理由

一(争いのない事実)

1  原告将高は、原告弘文とその妻訴外亡久江の間の長男として昭和五一年一〇月一九日出生したこと。

2  被告は、肩書住所地で藤東産婦人科医院を経営している医師であること。

3  訴外久江は、昭和五〇年一二月下旬ころ原告将高を懐妊したので、当初は広島市内の中川産婦人科医院に通院していたが、出産が近づいてきたので、広島県高田郡向原町の実家に帰り、実家近くの被告医院に転院することとし、昭和五一年九月二六日、被告との間に嬰児(原告将高)分娩に関する医療契約を締結したこと。

4  同年一〇月一八日午後九時か一〇時ころ破水があつたので、訴外久江は直ちに被告医院に入院し、翌一九日午前六時ころから一時間おきに薬を服用し、同日午後三時ころ分娩室に入つたこと。

5  しかし陣痛微弱のため、自然分娩は困難ということになつたので、被告は帝王切開の手術を施行し、同日午後一〇時一五分に原告将高を出産させ、同日午後一一時二〇分に右手術を終了し、終了後間もなく訴外久江は病室に選ばれたこと。

6  訴外久江は、翌二〇日午前三時右病室において死亡し、その死因は、出血に基づく血圧低下による心臓衰弱ということであつたこと。

以上の各事実は、当事者間に争いがない。

二  (争点の判断)

1  <証拠>を総合すると前記事実摘示中、三被告の主張のうち1の(一)ないし(一四)記載の各事実のほか、次の各事実が認められる。

(一)  訴外久江が一〇月一八日夜被告医院に入院する際、久江の実母古田タミが附添うことになつたが、当時右タミは三九度近くの発熱状態であつたため、同女も一緒に入院することとし、二階分娩室の向い側の病室に、ベッドを並ベタミが奥側、久江が入口側に寝て診療を受けた。

(二)  一〇月一九日午後一一時三〇分ころ、訴外久江は向い側の分娩室(手術室)から病室に運ばれたが、看護婦が一人で両脇から久江を抱き抱え、病室のベッドに寝せた。しかしその際点滴の器具は一緒に持ちこまれなかつた。そして被告および被告の父である藤東琢郎医師両名が、手術終了直後には久江の病室を訪れ、同女の脈を診たり、血圧を測定するのを見たものはいない。すなわち当時、病室には前記タミと久江の夫である原告弘文がおり、久江の手術終了を待つていたが、右両名ともそのころ被告ら医師の姿を見ていないし、久江の看護に対する注意事項を聞いていない。

(三)  なお前記手術中訴外久江の出血量は全く計られていない。

(四)  訴外久江が病室に帰つてから、原告弘文は同女としばらく子供の名前等について話をしていたが、同日午後一二時近くになつたころ、久江が同原告に対し「出血がひどく苦しいから医者を呼んでくれ。」と訴えたので、同原告は直ぐ、看護婦にそのことを告げたが、分娩室で手術器具の後かたづけをしていた看護婦は「出産の後は出血するものです。」と答えたのみで、様子を見にきてくれなかつた。

(五)  そこで同原告は、右看護婦の言葉を訴外久江に告げ、力づけていたところ、久江は再び「死にそうだから先生を呼んで。」と頼んだので、同原告は看護婦室に急ぎ「妻が出血がひどく、死にそうだと言つています。」と告げたところ、看護婦は病室にきて、久江の容態を見て急拠被告を呼びに行つた。

(六)  被告は、手術終了後直ちに病室続き別棟の自宅に帰り入浴して着換えをしていたところ、看護婦から訴外久江の容態を告げられ直ちに病室にかけつけた。時刻は一〇月二〇日午前零時過ごろであつた。

(七)  病室において、訴外久江の容態を見て被告は狼狽し、直ちに看護婦に命じ、また自らも筋肉注射、点滴、酸素吸入等の措置を講じたが、狼狽のあまり点滴器具の操作が手際よくできなかつた。また右措置がなされている間点滴のビニール管がくびれて液が落下しなくなつているのを二度も原告弘文に指摘されるという状態であつた。

(八)  点滴に使用された薬は、ヘスパンダ(血液代用剤)五〇〇CC、ラクテツグG(血液代用剤)五〇〇CC、プラズマネート(血液代用剤、血漿)一〇〇CC二本、サクシゾン(副腎皮質ホルモン剤)一〇〇ミリグラム一〇本、カルニゲン(強心昇圧剤)八本セジラニット(強心剤)二本、テラプニチック(呼吸促進剤)三CCであつた。また酸素も毎分三リットルの割で吸入させた。しかし、それにもかかわらず、訴外久江の血圧は、右措置中、九〇―五〇、八〇―五〇と下降していつた。

(九)  同日午前二時ごろ、酸素マスクを手にして訴外久江の口にあてていた原告弘文は、酸素ボンベが空になつていることに気付き、これを被告に告げたが、当時予備の酸素ボンベが被告医院になかつたので、酸素吸入はそのまま打ちきられた(すなわち、その後急いで新しい酸素ボンベを向原駅前の商店から購入したが。結局間に合わなかつた。)。

(一〇)  また、原告弘文は、被告に輸血をしてくれるよう申し入れたが、輸血よりよいものをしている(血液代用剤のこと)からとの理由で、これを拒否された。

2  右診療経過に照らし被告の過失の有無

(一) ところで分娩に関する医療契約は、産科医が、科学的かつ適正な診療看護のもとに、特段の事情の存しないかぎり嬰児を健康体で出産させ、且つ出産後は母体を健康体で退院させることを内容とする準委任契約であると解すべきであるから、本件のように出産後間もなく産婦が死亡したような場合には、その診療の過程において過誤があれば勿論のこと、右過誤の存否が不明であつても、産婦の体質の異常等からその死亡はやむを得ない原因に基づくものであるとするような特段の事情の存在について、医師の側からの主張立証がないかぎり、診療に従事した医師としては、右契約上債務不履行の責は免れないものと解するのが相当である。

(二)  そこで右見地に基づいて本件を検討するに

(1) 先ず甲第九号証(品川信良著「これからの産婦人科」と題する本の抜すい)によれば

(イ) 産婦人科ショックのうち出血性ショックの治療法としてできるだけ速やかに止血すること、有効循環血液量の不足を克服するために、速かに必要なだけ輸血を行うこと、を挙げ、「失われた血液は、血液そのもので補わなければならない。プラズマ・エキスパンダーのような単なる血液代用剤の補充だけでは組織の酸素状態を克服することはできない。また代用血漿を用いた場合には出血傾向が起き易いことも考慮されなければならない。」と説明され、更に出血性ショックの処置の注意事項として「酸素を補給すること、気道は常に確保されていなければならない。昇圧剤はできるだけ用いないこと、出血性ショックに対して昇圧剤を用いることは、多くの臨床家の間ではなかば反射的に行われているが、これは大いに検討を要することである。出血性ショックに対しては昇圧剤は無益なばかりでなくしばしば有害でさえある。すなわち、出血があると患者の小動脈は、一部重要臓器を除き、収縮している。かかる場合に昇圧剤を与えて更に血管を収縮させるということは、いわば逆ではなかろうか。」と説明されている。

(ロ) そして次に、帝王切開手術前の処置として、浣腸薬物、導尿のほか輸血の準備もすべきであると記載し、その説明として「帝切前に輸血は原則として必要ない。しかし帝切に際しては不慮の大出血に備えて常に血管を確保し、いつでも輸血できる態勢を整えておくべきである。」と述べている。

(ハ) 更に右術後の処置として、「帝切患者は術後ショックや虚脱状態に陥ることが多いので少くとも術後二ないし三時間の間は、血圧、脈拍などを一五分おきぐらいに注意して観察する必要がある。」旨説明されている。

(ニ) また帝王切開手術に要する時間は、普通三〇分ないし六〇分位であると説明している。

以上のことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして弁論の全趣旨によれば右各説明事項は、産婦人科の専門医である被告は当然知つているべきことであることが認められる。

(2) <証拠>によれば、訴外久江が被告医院で死亡後、その死体が同女の実家に引き取られた後において、子宮口の部分から相当量の血が流れ出て、敷布団を汚している事実を認めることができ、これに反する証拠はないので、久江の出血は分娩後一旦収縮した子宮が再び弛緩したことにより子宮腔内に相当量生じたものと推定される。したがつて、被告が死亡診断書に記載した死亡原因が正しいものと認むべきである。

(3) ところが、前記被告の診療経過において認定した各事実を総合すると

(イ) 被告は、本件帝王切開手術開始前に全く輸血の準備をしていないこと。また右手術終了までの時間は通常の場合の約二倍である一時間五〇分を費していること。

(ロ) 右手術終了後、一五分位後になつても、被告および被告医院の看護婦は積極的に患者(久江)の血圧、脈拍等を観察する措置をとつていないこと。

(ハ) 訴外久江の容態の急変を聞いて病室に来た被告は、患者の出血状態(特に子官腔内の)を確めることなく、下つた血圧を上昇させることのみ専念し、昇圧剤や血液代用剤を点滴しただけで、原告弘文の要求にもかかわらず輸血は全くしていないこと。

(ニ) また被告医院においては、酸素ボンベの準備が十分でなく、訴外久江の死亡一時間前には酸素が切れて酸素吸入の措置ができなくなつたこと。が認められるところ、以上によれば、被告は、本件帝王切開にあたり、術前術後において医師として現代医学上当然とるべき適切な処置をとつたとは到底言えないところであるから、本件診療の過程において過誤があつたことは明白である。そして右過誤がなければ、訴外久江が死亡せずにすんだかも知れないことは十分推認できるところであるから、右過誤と久江の死亡との間には因果関係があることも否定できない。

(三)  そうすると、被告は、本件医療契約の履行につき債務不履行があつたものと言うべきであるから、その余の点について判断するまでもなく訴外久江の相続人である原告らに対してよつて生じた損害を賠償する責任があること明らかである。<以下、省略>

(植杉豊)

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